「材質は何にしましたか」と聞くと、図面にある鋼種名が返ってくる。解析画面で同名の材料を選べても、図面の指定とモデルに入った材料特性が一致するとは限りません。さらに「強い材料に変えたから、変位も小さくなるはず」と考えると、ヤング率と強度を取り違えることがあります。
材料特性は数字をそろえる作業ではありません。何を計算するための値か、実物のどの状態を代表させた値かを明らかにする作業です。今回は、壁に取り付けた架空のL字ブラケットを例に、線形静解析で最低限確かめたい点を整理します。特定の材料を推奨する記事でも、材料データ集でもありません。
まず、変形を計算する値と強度を判定する値を分ける
ブラケットの腕先に力を加えたとき、どれだけたわむか。線形弾性を仮定するモデルでは、形状・拘束・荷重とともに、材料の弾性特性が変位や応力分布に関わります。ヤング率は、軸方向の応力と弾性ひずみの関係を表す値です。ポアソン比は、伸び縮みに伴う横方向のひずみとの関係を表します。均質・等方の線形弾性モデルなら、基本的な弾性特性はこの二つで定義できます(Abaqus「Linear Elastic Behavior」)。
一方、降伏強さは、塑性変形を避けたいときの判定に使う強度の目安です。引張強さはそれとは別の限界を表します。どちらを基準にするかは、材料と破損形態、適用規格、設計要求によります。たとえばAutodesk Fusionの安全率表示では、既定の降伏強さ基準と、引張強さ基準を選ぶ方法が区別されています(Autodesk「Safety factor calculation」)。画面に安全率が出たというだけで、判定基準の選択まで済んだとは言えません。
説明のため、形状、荷重、支持条件が同じ二つの仮想ブラケットを考えます。材料AとBのヤング率を同じ値としてモデル化し、Bの降伏強さだけを高く設定したなら、その変更だけを理由に「Bは必ずたわみにくい」とは言えません。強度の判定に使う値と、弾性変形を決める値は役割が違うからです。反対に、強度が高いという名称だけで、解析対象の温度や加工状態におけるヤング率も高いと決めつけることはできません。
ここで「ヤング率を変えても応力は変わらない」と一般化するのも危険です。複数材料を組み合わせた構造や、接触・支持の条件が変わるモデルでは荷重の分担が変わり得ます。値を変更したときの影響は、その解析モデルで確認します。
材料欄で確認する値は、評価目的によって違う
材料ライブラリには多くの項目が並びます。全部を無条件に埋めるのではなく、今回の解析と判定で何が必要かを分けて読みます。
- ヤング率・ポアソン比は、線形弾性の変形と応力の計算に関わります。値の出典、温度、材料方向、単位を確認します。
- 密度は、自重・遠心力など質量に由来する荷重に使います。自重を荷重ケースに含めるか、ほかの質量情報と重なっていないかを確認します。
- 降伏強さ・引張強さは、採用した破損基準との比較に使います。どちらを何の理由で使うか、規格・社内基準との整合を確かめます。
- 線膨張係数などは、温度変化を扱う場合の入力です。温度範囲、基準温度、解析種別との対応を確認します。

これは入力項目の万能表ではありません。使うソフトや解析種別によって、必要な項目と結果の計算方法は異なります。たとえばAbaqusは、重力・遠心力を与える解析には密度の定義が必要だと説明しています(Abaqus「Density」)。自重を考慮するつもりなのに密度を確認していない、あるいは自重を二重に入力している、といった食い違いを防ぐことが先です。
数値を見る前には、単位系も確認します。ヤング率をMPaとして扱うかPaとして扱うかでは桁が大きく違います。解析ソフトが単位を自動変換する場合でも、引用元の表の単位と、入力欄・出力欄の単位を別々に確かめます。使用温度による性質の変化が設計上重要なら、常温の代表値一つでは足りない可能性があります。FusionのStatic Stressでは、温度依存材料を選んでもBasicプロパティだけを使い、一定の等方線形材料として扱います。温度分布に応じて物性が変わる影響を評価する場合は、対応する解析種別と材料モデルを確認します(Autodesk「Temperature dependent materials」)。
材料名が合っていても、モデルの値は合っているとは限らない
図面の材質欄、3D CADに割り当てた材質、CAEの解析スタディに割り当てた材質。この三つは画面上で別々に存在することがあります。Fusionの公式ヘルプも、解析スタディの材料設定は設計ワークスペースの材料設定と異なり得ること、実物の物性を代表する材料を選ぶ重要性を明記しています(Autodesk「Study materials」)。
解析を引き継いだときは、材料名を眺めるだけで終わらせず、モデルの各部品に何が割り当てられ、プロパティのどの値が入っているかを開いて確かめます。ブラケット本体は指定材でも、相手材やボルトに初期材料が残っているかもしれません。逆に、比較検討のため意図して異なる材料を入れたモデルもあります。変更の善し悪しは名称だけでは判断できないので、理由と版を残します。
出典も一行で足りるように記録します。図面・材料規格、メーカーの材料証明やデータシート、社内の試験データのどれに基づくのか。代表値なのか、規格上の下限値なのか。熱処理、板厚、製造方法など、値に関わる条件は何か。設計上の判定に使う強度値ほど、数値の出所を曖昧にしないことが大切です。材料特性のばらつきやモデル化の不確かさを、画面上の小数点以下の桁で消すことはできません(Autodesk「Factors to consider when choosing a design safety factor」)。
線形弾性という仮定が外れる場面を見逃さない
線形静解析は便利ですが、あらゆる材料と荷重状態を一つの傾きで表せるわけではありません。Fusionの静解析の説明では、小さな変形、材料が弾性域にとどまること、動的影響が無視できることなどを前提に挙げています(Autodesk「Static stress study」)。等方的な延性金属をvon Mises相当応力で降伏判定する場合、その応力が採用した降伏強さを超えても、線形弾性解析の値を塑性変形後の応力・変位として読めません。ただし、拘束端などの局所ピークなら、その値を判定に採用できるかを先に調べます。「超えたので直ちに破断した」とも言えません。
また、同じ「線形弾性」でも、材料が方向によって異なる性質を持つ場合があります。Abaqusは等方性に加え、直交異方性などの線形弾性モデルを区別しています。板材の圧延方向、複合材の積層方向などが評価に関わるなら、等方性の代表値でよいかを先に検討します。この記事では、方向依存性のない均質な金属を主な説明対象とします。すべての材料を同じ表に押し込む意図はありません。
温度変化が大きい、樹脂の時間依存性が効く、降伏後の変形を知りたい、繰返し荷重から寿命を考えたい。こうした問いでは、線形静解析の材料欄に値を増やすだけでは足りません。解析種別と材料モデル、必要な測定データを見直します。疲労の可否を単一の静解析安全率で決めないことも、ここに含まれます。
解析依頼で残したい「材料条件の一枚」
複雑な材料データベースを作る前に、解析に使う値の根拠を一枚に集めるとレビューしやすくなります。架空のブラケットなら、次の欄を空欄のまま用意し、確認できた内容だけを埋めます。下の項目は記録例であり、特定材料の物性値ではありません。
- 対象部品と図面・モデルの版:ブラケット本体、相手材、締結部材を区別する。
- 実物の材質指定と状態:規格、板厚、熱処理、使用温度など、分かる範囲を記す。
- 解析上の材料モデル:等方線形弾性など、仮定した挙動を記す。
- 入力値と単位:ヤング率、ポアソン比、自重を使うなら密度、判定に使う強度を分ける。
- 値の出典と採用理由:図面、データシート、試験記録、社内基準の版まで示す。
- 未確認点と感度確認:値に幅がある場合、結果が判断を変えるかを確かめる予定を記す。

未確認値に便宜的な数値を置くこと自体が常に悪いわけではありません。ただし、暫定値だと分かるようにして、設計判定に使う前に確認します。特に解析で求めたい差が小さいときは、材料値の不確かさのほうが差より大きいかもしれません。必要なら、あり得る範囲の値を変えて変位や評価量を比較します。数値の変化だけでなく、設計上の結論が変わるかを見ます。
結果画面では、材料データの「役割」に戻る
解析が終わったら、最大応力の色だけで材料の良し悪しを決めないことです。まず荷重と拘束が意図どおりか、反力と変形の向きが合うかを確かめます。これはシリーズ第1回「線形静解析の結果を検証する方法」で扱った確認です。局所的な最大応力がメッシュで動くときは、第2回「CAEで最大応力が収束しないのはなぜ?」のように、評価位置と収束傾向を分けて見ます。
そのうえで、変位の判定にはどの弾性特性を使ったか、強度の判定にはどの限界値と評価式を使ったかを照合します。結果と材料データの組を記録しておけば、後から材料を変更したときも比較できます。シリーズ第3回「構造解析の報告書には何を書く?」で述べたように、数値そのものより、条件と判断をたどれることが報告書の役目です。
材料欄の一行は、設計の前提を短く畳んだものです。名前が合っているかだけでなく、「この値は何を計算し、何と比較するためのものか」「実物のどの状態を代表しているか」まで言葉にできれば、解析結果の読み違いはかなり減らせます。
技術的な根拠に用いた資料
- Dassault Systèmes, Abaqus 2025, Linear Elastic Behavior: https://docs.software.vt.edu/abaqusv2025/English/SIMACAEMATRefMap/simamat-c-linearelastic.htm
- Dassault Systèmes, Abaqus 2025, Density: https://docs.software.vt.edu/abaqusv2025/English/SIMACAEMATRefMap/simamat-c-density.htm
- Autodesk, Study materials: https://help.autodesk.com/cloudhelp/ENU/Fusion-Simulate/files/GUID-0FE730BE-E39E-4190-A043-857702518429.htm
- Autodesk, Static stress study: https://help.autodesk.com/cloudhelp/ENU/Fusion-Simulate/files/SIM-STATIC-STRESS-ANALYSIS.htm
- Autodesk, Safety factor calculation: https://help.autodesk.com/cloudhelp/ENU/Fusion-Simulate/files/SIM-SAFETY-FACTOR-CALC-CONCEPT.htm
- Autodesk, Factors to consider when choosing a design safety factor: https://help.autodesk.com/cloudhelp/ENU/Fusion-Simulate/files/SIM-SAFETY-FACTOR-CHOICE-CONCEPT.htm
- Autodesk, Temperature dependent materials: https://help.autodesk.com/cloudhelp/ENU/Fusion-Simulate/files/SIM-TEMP-DEP-MATERIALS-CONCEPT.htm
